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自己啓発を成し遂げ、成功哲学を感覚的に身に着けたい人向けのサイトを集めてみました

職場やビジネスシーンで人間力を上げたい方
スキルアップをしたい方
自己啓発を成し遂げたい方
営業能力、交渉能力を身に着けたい方
脳を覚醒させ、新たな次元に身を起きたい方


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成功哲学の本をいくら読んでも、血肉になり感覚で気づかなければ成功できない

岩波さんの本を読んで、結局行き着いたことは何かといえば、やっぱり実感なき知識は、ただの雑学にすぎないということ。
私は岩波さんの特異な脳内訴求技術により、深いトランス状態に入り、そのとんでもない普通じゃない世界のまどろみの中で、多くの脳の処理をしてきました。
もともと会話や話し方、営業交渉術を学びに行ったんですが、岩波さんは何よりも上辺テクニックを教えることに消極的でした。
ベースが出来ずしてテクニックなど何の意味もない、そういう考えだったからでしょう。
それは私も納得いきます。

本を読んだり話し方のテクニックや営業テクニックをいくら話し方教室などで学んだところで、しょせん上辺の実践では消し飛んでしまうほど軽いものにしか過ぎない。
なにせ実感が無いのだから、使えない。
当然のことだけど、どうも私達は知識が自分を救ってくれると信じているようだ。

だから会話の格闘術のプログラムは、説得力のある魂のある人間になるためのプログラムであって、もっと根本から自分を変革するために主眼をおいている。
それはいわば実感のプログラムだ。
人間は実感が無い知識はただのゴミ知識になってしまう。
感覚により人は動く。
いいかな、わるいかな、という理性の判断よりも、「いいね!」という感覚で、その人が好きになったり、気に入ったりする。

岩波さんの本はとてもいいことを書いてあるが、一番大事なことは、岩波さん自身書いている通り、『億の理論理屈を積み重ねてもただ一度の実感には遠く及ばない』につきる。
私もだいぶビジネスにおける交渉力に自信を持っている。
それは長年の自信の蓄積によるものだが、もともとは会話の格闘術を受けたからだ。
そして交渉が大成功にいくとき、もう交渉する前から、相手と例えば握手した時から勝負は決まっていたりする。
その時の私の心理は「うまくいくことしか思えない」となっている。
なぜ? といわれても、それが私の感覚だし直感だからだ。

これは本を1万冊読んだり話し方教室に50年通っても身につきっこない部分だ。
逆に言えば、そういう精神状態の時、私が培ってきたテクニックがものすごく使える。
冷静に狡猾に強かに。
つまり脳が自由になっているし、拓いているからだ。

もし会話、口説き方、営業、交渉のテクニックやノウハウを磨くことで劇的に上達すると思っているならば、これを肝に銘じてほしいと思います。
実感が伴っていない頭でわかっただけの技術もノウハウも、まったくこの人間社会では役立たないことを。
逆に実感をますます遠ざけてしまうことになるということを。

強烈な実感は一種の悟りです。
その悟りをどこよりも得られるのは岩波さんの技術しかないでしょう。
その時得た実感に岩波さんの本や言葉・講演集が加わった時に、あなたの可能性に枷はなくなります。

自分の殻を破れない理由 一番大事なことを皆忘れてしまっていく

みんな考えている。
少しでも状況を良くしよう、上に行こう、難題を打破しようと。
しかし、どれだけ考えても、考えた割にはいい結果に繋がっていないと思います。

人は考えてしまう生き物です。
でも、考えすぎると、脳が停滞していきます。
脳は複雑な考えを求めているのではなく、単純明快な答えを求めているわけです。

仕事ができる人間は即断即決です。
もちろん考えていないわけではない。
ちゃんとしっかり考えているけれど、決断は一瞬です。
これができない経営者のもとで働く人は不幸だと言いたいくらいです。

もし考えても答えが出ないと思っている人はいませんか?
そして、もっと考えてに考えたらより良い答えが見つかるものと思ってはいませんか?
これは大間違いの元なのだ!!

先程も書いたように、ある程度考えたら、そこでもう答えを出さないといけない。
そこに失敗したらどうしようとか、うまくいくようにもっと考えようとすると、一番大事な時間を浪費します。
そして、もっと怖いのが脳みそが停滞していくことです。

岩波先生のプログラムは脳に刺激を与えること、脳の原始的部分に刺激を与えて、もっと知恵とか理論を超えた深い世界で物事の本質を捉えること、だと言ってよいでしょう。
これは会話の格闘術のプログラムも、脳内変革プログラム(脳覚醒プログラム)も、他の悩み系克服プログラムも同じなのです。

考える行為は、頭の表面の部位でこねくり回しているだけに過ぎず、もっと大事なものは根本の情動です。
この情動がすべてのエネルギーのものであり、即断即決もそこから生まれます。
そして、情動には「これでいくのだ!」という覚悟と信念が備わっています。
この情動を使いこなさずして、自分を向上させることは不可能です。
どんないい頭で一生考えたとしても───。

一瞬の気づきと即決は、それが間違いだったとしても、それ自体とても価値が有るものということを言いたいです。
普通の解釈だと「もっと熟考してれば今回の失敗はなかった」と後悔するかもしれませんが、それで失敗したら、「起こったことはしょうがない、直ぐに次へ行くぞ!」という気持ちのほうがはるかに未来的・建設的です。
熟考を重ねても失敗するときはする、それが人生であり厳しい社会生活です。
失敗するのが当たり前の中で、次に成功すればいいだけの話です。

決断できる人間は失敗を糧として、次の行動にすぐ移れる。
できない人間は、失敗したら後悔してまた迷い始めて、次へのステップが踏めないのです。
この二人の差は失敗の数こそ前者が多いのかもしれません。
しかし、成功の数も圧倒的に前者が多い。

そうなると理性や思考をたくさん積み重ねることはいかに無駄か、割り切りと覚悟がいかに人生を大きく変えてくれるか気づかないといけません。
しかし、頭がいい人ならそれはとっくに知っています。
言われるまでもないこと。
そう、頭でわかっても、情動でわかっていないと全く意味が無い。
できる人間は情動でわかっています。
そこで物事を考えていると言っても良いと思います。

だから活力があり鋭い提案と行動ができるのです。
しかしながら、社会生活を大人をやって送っていると、情動レベルが死んでいっています。
以前ブログにも書いたけれど、大人をやってはいけない、子供の心をが大事ということはそこにつながります。

できる人間はみんな子供の心を有しています。
だから、あれこれ無駄に考えずに即断即決できるし、その信念が長続きするのです。
じゃあ、子供心をどうやったら取り戻せるのか?
一つは感動すること、遊ぶことです。
罪悪感を持ってはいけません。
ここも割り切りが必要です。仕事するときはして、遊ぶ時は遊ぶ、これは意外に大変です。

もう一つは、岩波先生の誘導するトランス状態(脳覚醒状態と最近言うらしい)で、理性だの虚飾を削ぎ落した、生の自分を体感すること。
この時、理性はいい意味で少なくなって、情感が豊かになっています。
その時初めてあなたは知ることでしょう。
いかに自分がガチガチに理論理屈で身を固めて、情感を大事にしていなかったかを。
そして、その削ぎ落とされた状態こそが、ほんとうに楽で頭が逆に働くということを。

人は体感をしないと先に進めません。
私がいくら子供心が大事、即決が大事だといったところで、頭ではわかっても、ほんとうのところでは伝わりません。
しかし、トランス状態の時ならば、みな等しく同じ体感ができます。
その時初めて私の言っていることがわかると思います。
そこで得た気づきが大きくあなたを羽ばたかせてくれることだと思います。

私もがんじがらめの社会生活を送っていました。
いつしか理想も子供心の無邪気な夢もすり減らされていました。
しかも、その危機感すら気づくこともなく。
本当に社会は恐ろしいところです。
人間の心を灰色にしていくわけだから。

いま私の心は解放されています。
脳も自由に以前よりはるかに駆使できるようになっています。
私のコンプレックス(ブログ参照)の悩みも過去のものです。
今は仕事に遊びに家庭にととても充実できています。

もっと頭よりも心を大事に生きていきましょう。

人間関係と仕事の交渉を劇的に向上させるベース

大人になりすぎてはいませんか?

私達は立派な社会人として日々仕事に日常にと暮らしています。
しかし社会人=大人ではないのです。
大人をやるだけでは、人はその人のことをつまらない人間とみなします。
そう、子供心が必要なのです。

コミュニケーションにしても交渉にしても、どうしても体裁よくやろうとしてしまいます。
それが私の大きな失敗でした。
大人をやればやるほど、相手は心を閉ざしてしまうのです。
大人は変に思われたくないからこそ、大人を演じてしまいいます。

だが、酒の席を見ればわかるように、会話の内容もほんとうに楽しい時はみんなガキをやってます。
しかし、酒がない時は立派な大人の社会人をしてしまうのです。
そんな人は、本当の素の状態は子供心を持っているのに、仮面をつけてそんな風を感じさせない、それが大きな大きな間違いです!

女性にもてるのも、男性にもてるのも、その人の持っている子供心、天真爛漫さに惹かれるからです。
それは仕事も同じ。
私の会話の格闘術プログラムの中で、岩波さんから盗んだことは、子供の心、ガキの心です。
そこに人は心を許し、ホッと出来るわけです。

交渉事もしかめっ面をしてやるのではなく、その人の地の部分を見せることで初めてうまくいく。
これは方程式と言って良いことだと思います。
外面が悪いなんて思ってはいけない。
外面を取り繕う事こそ恥だということをよく知っておいたほうがいいと思います。

地を見せたほうがいい、素の自分を曝け出せ、と言われても何が地なのかわからない人もいると思う。
それは大人をやり続けてしまったからだけど、言い換えれば、あなたの中の子供心を見せなさいということ。
交渉や営業や会話やコミュニケーション全般のことは、結局理性と演技合戦ではなく、それらを削ぎ落した末のあなたと相手の心の交流にほからないのです。

一度あなたの子供心を相手に知らしめた上で、交渉がうまくいく経験があったら、一気に交渉能力もコミュニケーション能力も劇的に向上すると思います。
これは私自身が経験していることで、あれほど苦手意識を持っていた営業・交渉が得意になって、こうして偉そうに講釈たれさせてもらえるだけの自信はどんどんそれで得られています。
また社員にもそのことを教えこむようになってから、みな営業能力が私の予想以上にアップしています。

大人をやり過ぎるといけない。
相手はあなたの中の子供を欲しているのだということを常に念頭におくといいと思います。
よく思われたい人ほど大人をやるが、それが大きな間違いなのだ。

坐禅瞑想やヴィパッサナー瞑想の効果を劇的に上げる方法

瞑想などを追求する時、自分でやるには限界がいつか来てしまいます。
お釈迦様ぐらいになれば別ですが・・・・。
瞑想にかぎらず、内観やヨガや自律訓練法や気功や自己催眠といった己を見つめる手段が世の中にあふれてますね。
しかし、一人の力では、その世界に入門しただけで決して極めることは難しいと思います。

たとえば瞑想を例に世の中にはヴィパッサナー瞑想、超越瞑想、サマタ瞑想、座禅瞑想などたくさんの瞑想法があるけれど、これらの効果を劇的に上げる方法を私は知っています。
と書くと偉そうですが、瞑想で得られる変性意識状態の遥か上を脳みそに経験させれば話が早いわけです。

そうなると脳は強い変性意識の感覚を覚え、次の瞑想の時のベースとなってくれます。
そこで難問発生です。
変性意識状態の遥か上って、それを味わいたいから瞑想をするわけであって、それができたらはじめから瞑想なんてしないんだよ、たわけ!!!と言われそうですね。

そこで最初に書いた一人での瞑想には限界が来るという話になります。
もし変性意識の遥か上をいっている瞑想状態に似た状態に誰かが誘導してくれたらどうでしょうか?
世の中には催眠療法士などがいますが、彼らでもなかなかそこまで誘導する技術はありません。
せいぜい自律訓練法の浅いレベルを誘導で作れるぐらいのもの。
現実はそんなところです。

実は催眠はレベルが高くない世界です。
それに被暗示性の高い人がそばにいないと、己の実力をなかなか発揮できないわけです。
被暗示性の高い人だけ暗示をかけているのならば、催眠療法士の先生も格好がつきますから。

そこで私のブログの最大のテーマ、岩波先生の出番です。
岩波先生の誘導法のレベルは、実際人がかかっているのを見ても(体験したことがない人なら)信じられない人が続出するほど、突き抜けた位置にあります。
先生の誘導で変性意識とは比べ物にならない超トランス状態を脳で味合わせることができたら、他のどの瞑想法も急に上達すること間違いないでしょう。

脳は一度覚えこんだら一生その感覚を刻み込みます。
瞑想や自律訓練法や自己暗示で壁にぶち当たっている方は、自分一人で頑張って不毛な結果になるよりも、岩波先生の技術を体験したら、実りのある瞑想ライフになることは間違いありません。
まさに武器となる瞑想になるでしょう。

上司から見たできる人間、ダメな人間

世の中にはたくさんの性格を持った人がいて、十人十色、まさに人の数だけ個性がある。
その集まりが会社組織なんだと思います。

しかし、上司受けがいい人間、悪い人間がいます。
この差は一体何なのでしょうか?
私はかつて部下として、そんなに上司受けはいい方ではなかったでしょう。
最悪という程でもなかったと思いますが、私も上司を嫌っていましたし、上肢も私のことを扱いにくいやつと思っていたと思います。

今は経営者となって、みな部下なのですが、やはり個性がある人間には安心します。
個性を発揮する人間ほど、仕事で力を発揮できると思います。
頭はいいけれど仕事ができない人間がいるが、そういう人は人間味がないです。
結局、会社組織においても、どこまでいっても人間関係です。
失敗して大目玉を食らう人間もいれば、何度もチャンスを与えたくなる人間もいる。

その差は、普段からの人間関係によって決められるでしょう。
決して依怙贔屓とかパワハラだの単純な問題ではありません。
信頼出来るかどうかなのです。
つまり、常に自分を押し殺している人よりも、主体的に行動し、個性を打ち出している人間のほうが信頼出来るのです。

個性を発揮すると周りと軋轢が生じないかと思うことでしょう。
しかし、主体性と個性がある人ほど、まわりとうまくやるだけの潤滑油を流すことができます。
ただわがまま放題にやっているわけではないのです。
なぜかというと、主体性と個性を発揮している人間は、ストレスが余りありません。
あっても、ストレスの外し方を知っています。
だから、周りに気を使える。

私はあまり余裕が無い人間だったため、周りに気を使っているようで、肝心な所では抜けていたと思います。
それを考えると、自分を押し殺していないで、伸び伸びとしている人間は、仕事ができなくても、可愛く感じるのです。
頭が良くて仕事ができても、精神的余裕が無い人間は、気を使える余裕が無いため、一度の失敗が大きな失敗と捉えられてしまう。
余裕の無さがどこかで伝わるから、信頼を置けなくなってしまうのです。

だから、組織の中で自分を押し殺している人間は、ぜひ自分を開放してください。
仕事を一生懸命やるよりも、そちらが先です。
その時に、周りとの軋轢や人にどう思われるかなんて考えないでほしいです。
主体的に仕事でもなんでも取り組んでください。
必ず見ている人間はいます。

会社で主体性がなくして、仕事をしていても、奴隷のような心境になっていきます。
ものすごいストレスでしょう。
私も経験しています。だからこのまま時間がたっても展望は開けず未来はないと独立をしたのです。
でも、同じ社内でも主体性を持っている人間は、そこまでのストレスはないでしょう。
そういう人間は、上司から気に入られやすいです。
仕事も楽しいはずです。

受け身で会社に向かっている人は、今自分を変えないと、定年まで苦しい思いのほうが多くなります。
ぜひ自分の境遇をしっかりと捉えて受け止めて、何が足りないのか、どうなりたいのか、真摯に向き合ってください。

参考リンク
岩波の言葉・講演集

脳活性化の話題 脳の限界は超えられる

早いものでブログを始めてから5年半が経ちました。
いやいやいや、あっという間の時間でした。
これは恐ろしいことですね。
人はなにもしないと簡単に老い衰えるということです。

しかし、脳みそだけは若い人はいませんか?
世の中には「え、この人こんな年だったのか」とびっくりする人がいます。
まあ岩波さんがそうなんですが、脳みそがまだまだ十代、二十代、あるいは三十代の働き盛りだからだと私は見抜いています。勝手にだけれども。

最近岩波さんが自身のホームページの【
岩波先生の言葉・講演集】で、神秘的で偉大なる我々の脳みその話をしてくれてます。
おそらく、いや私の脳みその体験から、世界である意味ぶっちぎった、脳みその神秘と不可思議性、なにより可能性を感じさせてくれる岩波さんだからこそ、誰にもわからない世界を知っている岩波さんだからこそ、かけることなのだと思います。
脳や無意識の世界に興味を持っている方は読んでみるといいですね。

私は社長業をやっていて、会話の格闘術のブログをメインにこうして書いてるが、結局人の話に耳を傾けてしまうってことは、その人の脳から出る何かホルモン物質が、眼や全身や、言葉に乗って(言霊といいます)にやられているのではないか、と強く思い始めています。
以前はうすうすとだったですが、本当にそう思う。

脳が活発に動いている人は、必ずオーラとして出ます。
これはよくわかります。
その人が言うどんな言葉にも、我々は言葉の意味や内容を超えて、惹かれてしまう。
逆に言えば、私が交渉をある会社とする時、ものすごい手応えを相手から感じることがあります。
これはこの五年で、かなり増えていることで、とても嬉しいですが、その理由といえば、私の脳みそが動いているから、ということに尽きるのではないか?

脳が普段から動いていない人の言葉は、どうも正論でも、天邪鬼な私は額面通りに受け取りません。
世の中には私よりはるかにひねくれた人がいますから、営業交渉がうまくいかないのはしょうがない。
だから、私は部下にいつもこういうようにしています。
「普段から脳に刺激を与えること」と。
私は部下に必要以上の仕事時間の拘束はしません。
それで疲れ果てて、脳が活動停止したら、それこそ本末転倒だからです。
かつて、鬱病で会社を休職して、結局退職した仲間や先輩、後輩がたくさんいました。
私の会社勤めの頃です。

だから絶対に私は部下から鬱病休職者を出したくありません。
鬱病の原因は、仕事のストレス以外にも、幼児期からの家庭環境などにも左右されるので、百%防ぐことの難しさはよく知っています。
ただ「よく遊ぶこと」は社員にはいっています。

普段から遊びで自分の脳に刺激を与えている人は、仕事でもやっぱり違います。
部下もそうです。
が、この資本主義がいびつに歪み、社畜があふれてしまっている現状では、どうしても社員にしわ寄せが着ています。

社会問題を論じてもしょうがないので、脳みそについて話題を戻したい。
脳みそは様々な脳内伝達物質が出ることで、感情すらすべて支配されていると思います。
それはつまり、感情が喜怒哀楽に針が触れることで、それに応じて、脳内伝達物質がでているとも言えそうです。
岩波さんの心理・脳内プログラムのすごいところは、感情的にさせて、脳内伝達物質を出させるのではなく、先生は、どこをどうしたら人間の脳みそはマックスに活動するかのスイッチボタンを知っている、ということです。

脳みそがフルに動く状態にして、逆に感情のコントロールをしていく。
だから、悩みの処理にもとても効果的だし、プラス暗示の面においても、ものすごく効くわけです。
更に【脳は一度体感したものはいつまでも覚えている】がある。
ということは、さらにトランス意識をそれをベースにして深めることができるわけです。
もう一つは【脳の変性意識の体験は、限界がない】ということ。
だから、どんどん深めっていき、どんなに修行しても変性意識の壁に立ち尽くすしかなかった人が、一瞬にそれまでの修行成果を上回ってしまう奇跡があるといいます。

脳みそはまだまだ未解明だが、生の体験として、誰でも体験できるのが岩波先生のプログラムです。
精神世界を徹底的に追求したい人も、必ず驚愕の世界が待っています。
私のように、実社会でその技術を活かしていきたい人にとっても、上記のように交渉ごとにも脳の神秘性は使えるのです。

【会話や交渉ごとは脳みそで決まる】、と勝手に結論づけて、格好良く終わりたいと思います。

岩波先生の作り出す超瞑想状態

会話術や話し方や営業交渉術についての記述が多い私のブログですが、会話というものは、その人の口から出た表面的なものに過ぎません。
その裏には、その人の魂から生き様やハートの強さ、器量と、すべての要素が渦巻いていることは、よく強調してきました。
結局、会話の格闘術や交渉術にしても、その人の内面がパワーアップしない限り、いくら磨いても意味が無い、という極論も出来うるのです。
会話術も営業術も、言葉ではなく、魂から発するものこそが真実だと私は思うのです。

しかし、過去の私は、そういうことはおぼろげながら頭では知っていました。
でも、内面を磨くにはどうしたらいいのか? 不明でした。
私の脳力をもっと発揮するには何をしたらいいのか? これが最初の、そして最大の難問だった。

このままではいけない、なんとかしてコミュニケーション力や営業力をあげなくては生き残れない、しかし、何をどうしたら良いのか? どこにいけばいいのか?
追い込まれていた私は焦りましたが、方法がないのです。

まったく何をしていくべきかわからなかった。
多くの人は会話の本を読んだり、営業を伸ばし話し方教室や自己啓発セミナーに行くでしょう。
しかし、どれをやっても私はピンとこなかった。
すぐ飽きる私がいけないのですが。

そのうち、意識と無意識をコントロールできる人こそ、上へ上へいける人間だということはうっすら気づいてきた。
独自の価値を作っている人は、みな内面と魂が人とは違っている、と。
だが、自律訓練法をいくらやっても、心の内部には響かない。
そのうち、瞑想状態になることで、自分をプラス方向に導けると人づてに聞き、座禅にチャレンジしたこともありました。
しかし、瞑想状態とはどういうものかつかめませんでした。
あれはほんとうに難しい。
しかし、瞑想のその先になる精神状態には心を強く惹かれました。

私は自分の内面を掘り下げることはとても下手だ。
でも、下手の横好きか、興味だけは人よりもありました。
その道に詳しい友人がいた事から、一緒に精神修養をしたりしました。
その結果、私が追求するべき道は、この道だということに思い至りました。
私の会話術や営業力を高めるには、まずは己が内側と脳みそが変わる、この当たり前のことにやっと気づいたのです。
切迫していた当時の私の職場環境や経営環境もありますが、未知の世界、未知の自分に触れることにも興味を持っていたため、強い意欲を持って、再び瞑想にチャレンジし、密教の修験道もやりました。
内観もやりました。
己は何者か、どんな可能性があるのか? 己が変わるとは? 脳内の神秘的体験はありうるのか?

その最後にたどり着いたのが、鬼才岩波さんの心理・脳内プログラムだったわけですが、幸いな事に岩波さんは会話・交渉術の達人でもありました。
でも、岩波さんも会話力があるわけではなく、しっかりとした生き様を持っているからこそ、一つ一つの言葉に重みがあるわけです。
「これだ、これしかない!」やっと求めていたものに出会いました。
本物にやっと辿り着いた! その興奮で一睡もその日はできなかったのをよく覚えています。

会話・交渉術とは別に、内面の神秘体験において、岩波さんの特殊なノウハウは強く発揮されます。
そもそも岩波さんの会話の格闘術は「会話はいらない、己がいるだけで成立する、そんな自分になる」ためのプログラム。
会話が流れて営業がうまくいくとしても、それは会話の内容ではなく、確固とした自分がいるからこそ人は耳を傾けてくれる、その結果自分の心に余裕ができ、言葉がたくさん出てくる、この順番でしか、会話術は向上しないという考えです。
己がいるだけで、すべてが成立する(交渉も人間関係も)、これは本当に理想的な状態です。
私はそんな人間になるために、岩波さんの指示通りトランス呼吸法をやりました。
仕事の合間合間に時間があればやっていました。
それとは別に、細かな営業のテクニックを教えてもらいましたが。

さて、トランス呼吸法と営業・交渉力向上、これにどんな関係があるのか? と思ってしまうかもしれない。
でも、これほど密接に関連したものはない!
トランス呼吸法は、脳の奥深くの回路を開くためのもの。いわゆる無意識の扉を開くためのツールになります。
本能や魂レベルと同位置にあるといっていいでしょう。
トランス呼吸法で作りこんだ変性意識状態(瞑想状態に似ています)で様々な暗示をいれこんでいけば、「魂に火がつく」状態になります。
岩波さんの誘導するトランス状態(超瞑想状態)に入れば、ますます脳の扉が開きます。
この時のすごく体験は、体験記を書いている人が、皆一様に「すごい!!!」というものです。
私は、さんざん密教の修験道や座禅瞑想をやってきたにも関わらず、その何百倍もの深い、それもすごい体験をしてしまった。
一瞬で瞑想好きの友人の体験した十数年の年月を超えてしまったのです。

トランス状態に入り、私が苦手としている会話や営業力の部分の足引っ張りになっている部分を処理していくこともしました。
その後、営業力向上や人間力向上のためのプラス暗示も入れていきました。
それが理論上じゃなく、実際に可能なのだ!
そこが岩波さんが鬼才だの天才だの脳の魔術師と言われるところでしょうか。

トランス状態、超瞑想状態が深くなるためには、トランス呼吸法が重要になる。
体感が深ければ深いほど、暗示がかかるようになる。
暗示がかかるということは、魂に火がつく状態=内面のパワーアップにつながる。
また様々な私の中のしがらみが外すことができたため、脳もクリアになる。
だからこそ、交渉の場において、人の心を揺り動かす術が身につく。
これが、岩波さんの脳内変革プログラムであったり会話の格闘術の内容だと私は理解している。
だから、他にはないプログラムだし、何より瞑想状態の何万倍もすごい体験が一瞬にできる。

もし密教や座禅、ヨガ、内観、瞑想に興味がある人で、自分をパワーアップしたいなら、必ず受けた方がいい。
ただしあまりに年配過ぎると、ショックがあるので、まあ60代ぐらいまでがいいでしょう。
ただの瞑想状態が強まった感覚だと思ってはいけません。
最初は衝撃がありますが、次第に至福感や絶対感に包まれるようになります。
私が言うのも何ですが、瞑想などの精神修養をたくさんやってきた人にこそ受けてもらいたい。

今さらながら会話の基本とコツ

シウンです。ご無沙汰をしています

よく受ける質問や皆さんが知りたいことの大きな順位をしめるのが、会話についてでしょう。
会話や対話、談話といったもののコツは、なんといっても、それをしないことです。
会話は話そうとするとたちまち流れが止まる。

何がそうさせるんだというと、相手との相性ではない。
もちろん、苦手な人、話ししやすい人、気がおける人、たくさんの人間がいますが、苦手な人ほど何か話さないといけないと思って焦ってしまうのです。
だからますます相手が苦手になってしまう。

話を無理にしないことが一番の道です。
その上で自分に強烈に主体性を持つこと。
さらに自分の地をだせれば、苦手な人はいなくなります。
なぜ会話が流れないか、私の過去もそうだし、会話下手な人は、その三要素がないからです。

相手を立てて話していても、あくまで気持ちの主導権はこちらだということ。
自分を着飾ったりせずに、ありのままの恥ずかしい自分をだしても、人と逆にうまく会話できる経験ができれば、はじめて自分を取り繕うことこそが恥だと思えるでしょう。
知恵で会話をする人は、変に取り澄まして、自分を見せず、カッコつける、心を閉ざした人間という印象を与えてしまいます。
だから人間関係がうまくいかなくなる。

ただし私もそうだったが、人とうまくやろう、完璧にいかせようという呪いによって、どうしても難しい部分がありました。
それを捨てること、すなわち自分を変えることであり、徹底的な自己変革の決意が必要になります。

会話が上手になりたいと思っている人は、付け焼刃のテクニックでなんとかしようとしないで、根本から、それこそ自分の無意識を含めた根っこの部分から、自分を変えて行きましょう。
決意さえあれば、難しいことは何にもない。
その気持ちを高めれば高めるほど、必ず幸福な自分になれる。
それは保証します。
自分の可能性を決めているのは自分しかいないのだ。

経営者と社長向け 岩波先生のプログラムの受け方

私のブログによくこんな質問があります。
「私は経営者ですが、岩波先生の主催しているプログラムはどのようにうけたらいいのでしょうか?」
普通にメールで予約申込みをして(電話からでも大丈夫です)、先生と電話コンタクトを取り、予約日時を決めて、実際に参加する。
これだけでOK。
が、やはり経営者や社長業を行なっている者、予約の日時や時間の長さ、いつ終わるのかがとても気になるところ。

現在、特別心理・脳内プログラムという特殊な立場の人達(例えば芸能人や著名人や同じような立場の人と少人数もしくは個人で受けたい人)を覗いた、一般人向けのプログラムでは、個人の回数は全10回のうち、一度だけとなっているようです。
ひっきりなしに予約申し込みの電話できていることからも察せられますが、個人でやっていたら、次回通う間隔が空きすぎることもあり、また集団で行ったほうが「非常に効果的」ということからだそうです。
以前はもっと個人の回数があったのですが、いまはもう海外からも多く(日本人?・外国の人?)通うぐらい、人気が高まっているため、難しいような気がしますね。

ですので、経営者・社長業の人は、集団で参加することになるでしょう。
しかし、私はそちらのほうが結局いい気がします。
岩波師範の心理・脳内プログラムや会話の格闘術、脳内変革プログラムといったものは、世界でただ一人岩波さんしかできないものです。
他に真似をしようとする人がいても、不可能なものだ。
神業に近い技術。
それだけ常識の先をいっているものだから、いらぬ誤解もあるようですが、ほんとうにすごい技術ノウハウを岩波師範は開発しています。

現在通っている方の話を聞くと、以前に比べてより高度に進化しているから、効果の程は言わずもがなですね
まあ、世界に並ぶものがない心理・脳内プログラムということは、私が太鼓判を押します。
そして、他に例がない特殊な高等なものである以上、他の人のプログラムの取り組みや効果を目のあたりにすることは大事です。
はじめて人が施術しているのを見て、人間の脳はこんなことができる、こうやって訓練すれば自分でもできる、ということが、教わらずにできるわけです。

またどのような人が通ってきているかというと、意外に?経営者が多いということ。
なので、トップにたって日々奮闘している人が、集団に参加なんて気が引けるかもしれませんが、同じ立場の人が多いので気軽に参加するといいです。
思いがけない苦労話を聞けたりします。
また苦労している経営者の方は、多くの確率で父親が厳しい性格だったり、ワンマンで、子供として普通に育つことが出来なかったりしています。
そのしわ寄せが、現在来ていることを思えば、人のことを知ることで、その罠から逃れることができるわけです。

また岩波さんという人物は、接するだけでとても楽しく刺激を受ける人です。
プログラム云々よりも、岩波さんと話すことだけでも、人生を変わるかもしれません。
岩波さんの自信、鋭さ、面白さ、オーラ、カリスマ性、発想力、力強さ、パワー、元気、会話術、揺るがなさ、こういう要素は、人生経験を重ねた人なら、他に同じような人は一人としていないと接したら気づくでしょう。
あの人だからこそ、世界で唯一の独自であり高度すぎる、そしてぎりぎりの技術ノウハウを創り上げて、多くの成功者を生み出している、悩みから救われている原動力となっていることにも気づくでしょう。

夢を大きく持っている人やトップに立っている人が、岩波さんに出会っていないことは大きなロスです。
出会わなくても人生は過ぎていきます。
それはそれでいいでしょうが、せっかくの機会があったら、四の五の言わず、まっさきに会われたほうがいいでしょう。
その上で、自分の人生に必要ないと思えばそれでいいし、この人しかいない、こんな人が日本にいたのか、と思いをしたければ、集団でも時間がなかなか合わなくても、参加する価値は確実にあります。

会話の格闘術について ~岩波先生の特殊な会話術~

私はよくコミュニケーション能力(交渉、営業、日常会話を含む)が大事だとブログに書いている。
みんなノドから手が出るほど欲しがる能力だ。

私はこれがなかったばかりに人の何倍も苦労し、そしてそのコンプレックスがなくなって、ある意味得意になってきたからこそ、仕事でも順調にいくようになりました。
まさに人の幸せとリンクしているものです。

もしかしたらコミュニケーション能力向上ができればできるほど、比例して人は幸せになってくるんじゃないかという錯覚すら覚えてしまいます(そんな単純なものではないかもしれないが)
仕事、家庭、友人、恋愛、いくらでも、このコミュニケーション能力を発揮しなくてはいけないことばかり。

プレゼンテーションも一種のコミュニケーションなので、うまい奴が会社で上に行くし、上司に気に入られる奴も大体それに秀でている。
ただし、仕事を真面目にコツコツやって結果を出す人間ももちろん出世できます。

しかし、その能力の割に、そして頑張りの割に報われない人もいる。
コミュニケーション能力がないばかりに!

私の起業理由も、以前書いたように決して褒められた動機ばかりでやったわけではなく、組織内で私の能力(もしあれば、、、)が、このままでは潰されてしまうという危機感からでした。

ここで本題に入りたい。
コミュニケーション能力=会話能力だと思っている人がいるかもしれない。
私もまさにそうで、どれだけ会話の本を読みあさったかしれない。

私が会話の格闘術で目から鱗が出たのは、岩波さんの言う「会話は極論すればいらない」という言葉だったt。
しかし、岩波さんほどぺらぺら喋る人間はいない。
あのコミュニケーション能力はなんなんだ!?
とあきれるぐらい(笑)
私なんて、岩波さんに比べたらまだまだ鼻くそみたいなもので、本当に半人前だと痛感する。

しかし、その達人が「会話なんかいらないんだ」という心理を最初つかみかねていた。
会話は上手なほうがいいに決まっている。
それさえ学べば、私はすべてうまくいくはずなんだ、と。

だが、それは大間違いだった。
会話がいらないという理由は、話そうと無理にするから、ぎこちなくなって、相手の心に届かなくなって、言葉の羅列に終わってしまう、ということ。
会話は、無駄なおしゃべりならともかく、何か目的があってする。

私のさしあたっての目的は、営業成績向上と交渉術の向上だった。
相手を私のいいなりにして(語弊があるが、結局はそうだ)、私の会社のサービスや商品、システム、プログラムを飼ってもらうこと。

しかし、無駄な言葉の羅列では、相手は認めてくれない。
相手は何を欲しているかというと、それを売りつける「私自身」(あるいは私の社員の人間力)。
その人間力がある人間が売りつけるサービス、商品なのだ。

そうなると言葉はまったく無駄になるどころか、一語一語、私たちの価値を目減りさせてしまう。
退屈な話など、人は聞きたくないのだ。
みんな自分勝手で生きている!
「私自身」と書いたが、つまり私の雰囲気・オーラというものを感じ取った時、始めて相手は関心を持ってくれる。
会話の格闘術は、だから会話を勉強するのではなくて、メンタル面を強化して、そういう人間になるためのプログラムだと思っていいと思う。
これは最初誤解している人もいるだろうし、何かすごい会話や話し方の秘訣を教えてくれるだけだと思ってしまうが、違う。

もちろん、それも教えてくれたし、私のためになったが、人間力のない人間の綺麗な話し方なんて、薄っぺらい!
メンタル面を強化するってことは、つまり、暗示を脳に叩き込んでパワーアップすると言うことだった。

だから岩波さんの会話の格闘術は非常に特殊なので、面食らう人もいるかもしれない。
もっと根本の人間力向上を目指すセミナー、プログラムだった。
まあ、会話の教則本は本屋さんに行って読んでね、という感じ。
(なかなか本だけでは身につかないが)

そのためにトランス状態を作り込み、暗示がストレートに入りやすい状態にしてから、暗示を脳に叩き込む(自己暗示でも入れるようになる)。
そのために前準備として、ストレッチや呼吸法をやらされるから、実は会話とはほど遠いところから始まる。

あと岩波さんの会話術自体も、達人なので、岩波さんの言葉遣い、テンション、身振り手振り、言葉かけ、冗談、間の取り方、すべて参考になる。
しかし先生はそんなこといちいち考えてやっていない(考えていたらできないことだから)

いくらでも教材はある。
喫茶店に行っても、いくらでも教材があるから、そういうところで見学して上達した方がいい、と私は岩波さんからよく言われていた。
今この時点からたくさん教材のある街中に繰り出して、いっぱい観察して、うまい例、まずい例、参考にしたい例を収集してみよう。

私も最近それをさぼっていた。
しかしまだまだ半人前!
日々研鑽の毎日なのだ

創業は易く守成は難し! 二代目社長との会話

『創業は易く守成は難し』という格言があります。
つまり起業することは案外楽であり、それを維持発展させることは非常に難しいという意味だ。

最近、
前のブログに書いた二代目社長の友人とよく食事に行く機会があり、これがテーマになって熱くお互い語り合った。
お互いの意見をはっきり述べることは、とても気持ちがいい経験だ。
ちょっと方向性がずれると喧嘩になってしまうが、酒が入っていないし、充実した時間を過ごせた。

二代目社長の友人から言わせれば、『創業は易く守成は難し』だと言う。
これには私も大賛成で、起業はリスクはあっても、攻めの姿勢でいられる充実感があります。
守っていることなんかないし、そもそも守る必要なんかないのだから、こうと決めたら行くしかない。
起業した当初、意外に順調に進んでいたものの、私や社員の交渉力欠如で業績はどんどん下降線を辿りました。
まさしく、『守成は難し』状態でした。

人は知らず知らずのうちに守りに入っている時があるんだな。
主体的な行動を忘れて、受け身で身構えてしまっている・・・・
一人の人間でも、起業から守成にいつのまにかなっているわけで、二代目社長だったら、最初から守成にならざるを得ない状況ではもっと大変だろうと思う。

友人が言うには、跡を継いだからには、親父(先代)にできないことを俺はやってやるぞという気持でいたが、それを許さない雰囲気が社内に流れていたらしい。
心構えの他にも、会社の雰囲気が冒険を許さない場合、どうしても守成になりやすい。
かといって、守成はじり貧になりやすいという世の中の鉄則があるから、しわ寄せが来るのは二代目社長の俺だという。
「あいつらは何も俺にさせないくせに、守りに入っていることすら、二代目のボンボンだから、という風に俺を見ている」という。

「あいつら」とは、先代の取り巻き重役連中のことでしょう。
知らず知らず守成になりやすい中で、社内の空気もそれでは大変だと思った。
私の場合、主体的に攻めに出るぞ! と思えば、すぐ行動できる。
自己改革と啓発だけで私の場合、再び走り出すことができるのに、環境とも戦わなくちゃいけない二代目の苦労たるやいかばかりか・・・・

守成がいかにやばいことか、よく師匠岩波先生から言い聞かせられた。
守りに入っている状態では何も生まれない。しかし、知らず知らず守りにはいるのが人間の悪い癖だと。
リスクをとることを避け、安全な道を歩こうとすると。
それだと、停滞して、抜け出すエネルギーが必要になるし、ものすごいロスになると。
岩波さんこそ、常に起業精神を持っているし、守りには絶対入らない人だから、大きな価値を確立できているのだろう。

やはり人と話すと、いろいろ気づかされる。
人生はこういう気づきが多い方が、上に上に行けると私は信じている。
守成では気づきようがない。せっかくのダイヤモンドを素通りしているものだ。

その二代目社長とは、その格言を胸に刻み込み筒も「負けないぞ!」というやる気に満ちて二人とも帰路についた。
刺激し合う仲間がいることは幸せなことだな。
たまにはあいつの愚痴もえらく栄養になる。

二代目社長の悩みと友情

世の中には社長と呼ばれる人がたくさんいます。
ワンマンでふんぞり返って葉巻を吸っている社長ばかりだと思ったら大間違いで、実に多種多様だ。
人間動物図鑑に載せたいくらい色々な種類がいる。

みな悩んだり、クヨクヨ考えたり、調子に乗ったり、怖いものがなくなったり、また弱気になったり、やっぱり人間だなと思います。
人間が抱える悩みを持っている。不安、妬み、焦り、これとは無縁ではいられません。
とはいえ、一部のカリスマ経営者はそこを超えている人がいるのも事実ですが、パーセンテージでいったら少ない方。

私も例外ではなく、師匠の岩波先生のような悩みを超えて生きていきたいと思っているし、それが目標です。
私も起業してから、社長と言われる生き物の仲間入りとなったわけですが、何度も書いてきたように経営者(トップ)の人間は孤独です。
社長仲間と話をしても、最後に頼れるのは己一人。

前置きが長くなったけれど、今回は『二代目社長』というまた毛色の違った人種について書いていきたい。
仲の良い二代目社長がいて、また我々起業した人間とは違う悩みを持っている。
もちろん孤独という共通点はあるが、二代目社長は先代という強烈な個性の跡を継ぐというプレッシャーと苦しさがある。
友人の二代目社長の口癖は酒が入ると「お前は苦労しないで生きてきたボンボンだと思っているかもしれんが、俺ほど苦労している人間はいない。二代目社長の悩みをわかってたまるか!」です。

私は独立したことで、自由裁量で色々なしがらみから自由になり、ノリのいい人生になりました。
しかし、二代目社長はしがらみだらけで生きていかなければいけない。
そう考えると、心から大変なんだなと思った。
楽して社長になれるかもしれないが、二代目になってからは茨の道だと本当に思う。

先代が口出ししてくる、古参役員からは舐められている(と本人が感じている)、自分の色を出したいが失敗が怖い、また社員の反発が怖い、頼りない社長だと思われていないか? 社員とどう接したらいいのか? 舐められないようにするには? 
悩みを聞けば山ほど出てきたのです。
だから、精一杯二代目社長は頑張ろうとする。
しかし、どうにもうまくいかないとき、精神的プレッシャーは相当なものだという。
どうやら私の社員時代と変わらない悩みだ・・・・・
だからよく彼の気持ちがよくわかる。だから人ごとじゃないからよく相談に乗っている。

社長として苦労する部分は同じでも、もっと別の負荷をかかえて経営していかなくてはいけないのが二代目社長といえるでしょうね。
つまり、職場の人間関係の悩みという社長には無関係な悩みですら、二代目社長になると、社員と同じように持っている、それも舐められたらお終いだというギリギリの所で闘っている。

ここまで書くと、二代目社長を誰もバカにする人間はいなくなるのではないか?
その苦労やストレスたるや、想像を絶するものがあるだろう。
彼とはとても話が合うが、本質的には人間は誰も一緒なんだということ。
周囲に振り回されて苦しむ生き物だ。
だからこそ、自分をしっかり持つことが大事だという結論に私は思い至った。

私の進むべき道はやっぱりそこなんだと再確認できた。
人を見たら、より自分のことがわかる。
何にでも栄養になるんだな。

二代目社長で彼と同じ悩みで潰れた人は多いらしい。
うつ病になったり、クーデターが起きたり、どこの世界も大変だ。
彼が二代目社長ではなく、真の社長になれるよう願っている。
はやく俺の道はこれだ!というものを見つけて欲しい!

信念の道 理性の道 経営成功と失敗を分ける選択

同じ生きていて、なぜ人と差がつくのか
何が大きく変えてしまうのか
それは私は「信念」だと思います。

経営に携わっていて、バリバリの経営者とそれ以外の人との違いで一番明確なところは「信念」でした。
人に使われているだけだと、目標があっても低くなりがちだし、見失ってしまうことが多い。
しかし、自分の行動に責任を持ち、誰も助けてくれない役職の場合、目標を明確に持って突き進んでいかないと、必ず競争に後れをとってしまう。

同じ経営者でも苦難を乗り越え大きくなったり、良い業績を上げている経営者は必ず信念を持っていました。
しかし二代目・三代目の社長となると、強い情熱と信念を持っている人もいる中(それは必ず伸びている)、必ずしも見失っている人が多いと感じた。
初代はやぱり強烈な信念のもと、情熱を持って切り込んでいる。

だからといって「信念」が大事だから、信念を持てば必ず人は成功できると書いてある本があるとします。
それは言うことは簡単だけど、実行は非常に難しい。
全然長続きしない。付け焼き刃で獲得できるものじゃない。
だからこそ、信念を持てる人、持たざる者の間で大きな差が生まれてしまうと考えてます。

私は以前に比べて信念が備わってきたように自分でも思っています。
かといって、まだまだ足りないことも自覚しています。
その日々の葛藤の中、それでも情熱を持ってやっていこうと決心しています。
困難なことがたくさんあっても、おろおろ考えて、いちいち足を止めて思考も停止してしまうよりは、強い信念を持っていれば必ず突破できると信じています。

信念はどこに備われば本物になるのだろうか?
私は信念が感情に火をつけた時、それが無意識にしっかり根付いた時、本物になると考えてます。
本を読んだだけ、人から話を聞いただけでは、信念が大事だと頭でわかっても心ではわかっていない状態です。
昔私はそれを知識として身につけていたが、心が追いついてこない時期があった。
多くの人が同じ状態だと思います。

いかに人間の原始的な感情に信念を文字通り「ぶち込む」かが、私のターニングポイントになりました。
そのために理性の取捨選択機能を、自分の中からぶち壊さないといけなかった。
これは私が受けた会話の格闘術、というか、岩波さんの心理、脳内プログラムの肝でもありました。
理性という奴は、実は自分に都合の良い選択をしてくれるが、大体楽な道ばっかり(のちには行き止まりの道になる)進むようにアドバイスをしてくる。
自分の目の前に二つの道があった時、私は必ず理性でこちらが良いと選んだ方向とは別の道を進むようにしてます。
これは実はイバラの道に思えても、私にとってはかりしれない恩恵を与えてくれた。
これも信念が無くちゃ選べない。

そして、その道を進むには、信念を持って進まないととてもじゃないけど、行き詰まってしまう。
かといって理性選択の道も、いずれは行き止まりになる(という私の経験値があった)
信念はどこまで言っても私の行動について回る。
そしてどんな悪路でも切り開いていけるパワーをくれました。

会話 ──相手が舐める時、認める時──

夏真っ盛りで、ちょっと動いただけでも汗が噴き出しますね。

人間は言葉を操る、それでコミュニケーションをとるからこそ、会話が生まれ、
社会活動をするからこそ、営業や交渉が必要になる。
私のような企業経営に携わる者にも会話は必須だし、専業主婦も公園での奥様方との会話がある。
学校に行ったら会話をする必要があるし、男女の交際だって、会話が肝心だ。

我々は会話から逃れられない運命なのだ。
だから会話が苦手な人間は、一生コンプレックスを抱えることになる。
社長も経営者も弁護士も医者も政治家も、どんな職業でも会話への苦手意識を持っている人は少なくない。

会話が苦手な人は、それで失敗したら相手から舐められるという意識(怯え)がある。
その怯えが、ますます相手から舐められる要因になる。
この悪循環から逃れる術はなかなか無い。

私もかつてそうだったけれど、今ではコンプレックスはつゆほどもなくなった。
毎日会話や交渉ごとがあるだけに、つくづく感じる。

今回は、
なぜ相手から舐められる会話をしてしまうのか?
相手が自分を認めてくれる会話とは何なのかを話していきたい。
是非、一生つきあわざるを得ない会話が得意になって下さい。
そうなれば、毎日毎日ため息をつかなくてすむようになる。

相手から舐められる、低く見られる、あるいは「こいつはダメだ」と思われる話し方は、実は知恵を使って自分を守りながら、話している時がほとんどだ。
つまり、自信がない、ということ。
自信がないから、考えて話すことや相手の反応をますます気にして、頭が働かなくなる。
そのくせ、うまく話そうとするから、会話に負荷がかかり、会話のキャッチボールができなくなる。

エネルギーがそこにはないから、相手の心に響かない。
このエネルギーは、大げさに大きな声で話すという意味じゃないです。
それは、話し手の全身から滲み出ているものです。

このエネルギーを知恵が消してしまうのですね。
知恵を使って話している時、話し相手は退屈に感じ、「それまでの男」と認識してしまいます。
何ら感情を動かすことを言わないし、ありきたりの文句しか並べられない。
話し手自身のキャラクターが感じられないから、何ものかもわからなくなり不安に感じたりもする。

話し相手の態度をますます話し手が感じると、いよいよ進退窮まって「やばい、どうしよう」となってしまうのだ。
この怯えと自信のなさが、話し相手から舐められる、低く見られてしまう大きな要因となります。
もしこの悪循環にはまっている人がいたら、うまくいかないのはこういうことがあると知るといいと思います。
私も変な循環にはまってなかなか抜け出せませんでした。

逆に認められる話し方とは、これとは真反対の時です。
上手に話そうとか、相手から認められたいとかそんなもの関係なしに、伝えたいことを感情を込めて伝える
そして主体的に自己主張するところはして、自信があろうが無かろうが(ここは重要)、相手に伝えてやるんだという気持を持つことです。
このときの気持がオーラを出してくれます。
それは言葉ではいくら頑張っても出せないことです。

エネルギーとはオーラでもある。
オーラとは気持でもあるし、エネルギーでもある。
「俺はやるんだ、やってやるんだ!」
「絶対成し遂げてやる」
「口下手でもいい、だからこそ丁寧にしっかりと気持を込めて伝えてやるんだ」
「この商品は本当に素晴らしいから、相手にわかってもらいたい!」

こういう気持、いわば魂こそが相手の心を動かせる。
心が動かされたってことは、会話相手(交渉相手)からすると、「なかなかやる人物だ」につながるわけです。

最初からはうまくいかないものだし、訓練をしていかないといけない。
私は会話の格闘術などを通して身につき、それを仕事の時に実戦して、訓練していきました。
会話は毎日存在するものだから、いくらでも訓練の場はあるってこと。

毎日休んでいる暇はないです。
気持が言葉よりもはるかに重要だということを強く言いたいです。
お役に立つことができたらうれしいです。

会話の格闘術とメンタル強化

久方ぶりの更新です

私は会話が苦手でした。
会話の苦手にも色々あって、交渉ごとや営業の仕事が大の苦手でした。
会社組織の中にいた時や、経営をしなければいけない時、どちらもその弱点がついて回りました。

今まではできる限り、私の会話の弱点を隠すために、その場面からは逃げてきましたが、
いつかは直面せざるを得ないと感じて生きてきました。
独立時が最大のピンチでした。

そこで岩波師範の会話の格闘術を受けたわけですが、会話の技術とは何か? 深く考えさせられ、またハッとさせられました。
会議やプレゼンテーションが苦手だと部下に示しがつかない。
取引先や営業先、未来のお客に対して、交渉が下手だと仕事が立ちゆかなくなる。
その強迫観念から、いかに上手に相手に話すことができるかばかり気が向いていた。

私の学んだ会話の格闘術は、話すための技術ではなく、自分のメンタルを強化する技術でした。
自分に覚悟とやる気、そして主体性があれば、別にキレイに話す必要はない。
今までいかに上手に話すかばかり頭を支配されていた私にとって、そんなものは二の次、さんの次と言われた時は衝撃を受けました。

言葉じゃない、その人の備わっているもの、いわばオーラ、物腰が相手の心を動かす唯一絶対の方法であると岩波師範から言われた時、何でうまく今まで行かなかったのかよくわかった。
常に上手に話したい、うまくやり遂げたいと小さいことばかり考えている人間が、相手の心まで動かせるはずがない。

そして、岩波師範の言葉は望むところだった。
というのも、私の弱点(会話・発表・交渉・営業)以外の所では、人間は覚悟を持って目標を主体的に達することこそ真実だと思っていたところもあった。
しかし、弱点に関してだけは常に小さいことばかりにとらわれ、脱出できなかった。

会話も同じことなんだと悟れたのが大きかった。
小手先の上手に話すことよりも、相手の心を動かす「何か」を身につけること。
それは言葉でも会話でも話し方でもなく、自分自身の生き様と感情だということ。

こんな単純な(それでいて奥が深い)ことに、まったく思いもしなかった。
それで私は決心したわけです。
上手に話そうと思っていた人間がそれを捨てるのはメンタルの強化を要求される。
ならば、強くなってやる、何があっても覚悟を決めて主体的に行動してやると。

これがきっかけになって、私の会話・話し方コンプレックスはどんどん崩壊していったわけです。
上手な話し方よりも、相手に私の気持ちを伝えること
とにかくそれだけを伝えるんだという気持が相手の心を動かすことができた時、すごい感動を味わいました。
一生話し方ばっかり考えていたらありえない結果を、私自身の気持ち一つで起こすことができた。

だから交渉も非常に自信を持って望めるようになったし、いい意味での副作用か、結果的に上手に話せるようにもなった。
今までは頭で会話の内容にストップがかかっていたのに、今ではすらすら出てくるような感じです。
それもこれも、上手に話そうという気持を捨てて、自分で勝負することに切り替えたから。
そのためのプログラムを受けたこともある。

もしいくら会話本を読んでも上達できない人は、会話に対する認識の根本を変えた方がいいかもしれない。
会話とは言葉ではなく、あなた自身なのだ。
それ以外はあり得ないし、だからこそ、あなたが成長した時必ず相手の心が動かせる。

主体的に生きること 人に振り回されて生きること

ひとたびこの世に生を受けてきた以上、他人に振り回されていきたくはない。
それがずっと学生時代からの私の望みでした。
しかし、会社組織の中での私は、まさに他人に振り回されてクタクタに疲れてしまったという体たらくだった。

組織の中で生きていても、のし上がっていって、ついには経営陣、さらにはトップに立たてる人が確かにいます。
だから、私が組織の中で生きられないと書いているのは、ある意味甘えであり、私の失敗です。

いま人を使うようになってから、組織の中で精神的に埋もれていた時とどう違うのかよく考えます。
そして、のし上がっていける人と私の違いはどこにあったのかもよく考えていました。

そこで、得た結論が「主体的に行動できたか、否か」でした。
組織の中じゃ自分の力を発揮できないとずっと思っていた人間である私は、そこに甘え、寄りかかることで、主体的な行動をとっていなかった。
主体的に生きることは、覚悟と責任を引き受けることでもあり、茨の道です。
でも、充実した生き方につながるただ一つの道だとも思ってます。

人により添って、客体的に生きていればリスクもない。
とりあえずは安心安全で、敵も障害も少ないだろう。
少なくとも、こちらから敵を作る状況にはない。
時たま、嫌な人間に直面するだけ。まあ、愚痴を言っていれば、なんとかやっていける。
だから、私は、その状況が嫌でたまらなかったにもかかわらず、いやいや組織の中にしばらくいました。

なんという不遜な考えだったのか!
組織の中で行き場のない閉塞感を嫌いながらも、リスクとチャレンジをする主体的な生き方をしていなかった。
ただあこがれだけをもって、グダグダと不満をぶちまけながら、それを突破しようとしていなかった。
これは、多くの人間が陥っている状況だと思います。
自分自身と環境に閉塞感を感じて、息苦しい思いをしていたのも当たり前でした。

もし、状況や環境に寄りかからずに、主体的な行動をとっていたら、閉塞感なんか感じなかったと思う。
当然、様々な障害や敵も現れてきただろうけど、何かに向かって頑張っている自分のことを嫌いになっていなかったと思う。
主体的な行動とは、人に振り回されない生き様だから。

自分が好きじゃない人は、自分を好きになれる生き様をもっていないからかも。
何かに立ち向かって、主体的に行動し、ついには結果まで出してしまったら、自分を好きになれるはず。
いや失敗してもそれでもめげずに(そりゃ落ち込むが)、前に進む力を失わずに立ち向かっていけば、それだけでも好きになれる。

そういう信念を持つようになったのは、会話の格闘術を習ってから。
自分が好きになるにはどうしたらいいのか?
やっぱり結果と行動、そして主体的に立ち向かう姿勢しかないんだと。

人間的にエネルギーを持っている人、パワーがない人の差は、そこしかないんじゃないかと私なりに気がついた。
前者の人間は、たくさんの障害があっても、きっと充実しているはず。
そういう人間になりたい!と強く思った。
そうじゃなきゃ、一度だけの人生もったいない!

客体的に生きていると、実は安全でいて、一番安心のできない精神状態を味わうことになる。
人から提供されている安全安心ほど、崩れやすいものはないから。
人に振り回されて、自分がない状態だと、心がもろくなるし、冒険ができない。
安全な道ばかり行ってしまう。

そういや、知らず知らずその道を辿ってきたなーと反省してから、主体的に行動するように心がけました。
リスクと責任は、かなり負担だったけれど、リスクを避け責任を逃れる生き方の結末に比べたら、全然たいしたことなんかない!

これを信念にしてから、私の内部の何かに火がついたのは間違いないところです。
リスクにあえて立ち向かっていく人間を誰が嫌いになるのか!
自分自身が一番知っている。
同時に、リスクを避ける人間を一番忌み嫌うのも自分自身。
考えないようにしても、絶対どこかで感じているはず。

自分自身だけは騙しきれない。
ならば、主体的に行動しようと思ったわけです。
今でも、常に言い聞かせるようにしています。

人間心理攻略方法 人間心理を読める時、読まれる時

会話の格闘術で習ったことを今日も書きたい。

おそらく人間心理や心理学に興味がない人はほとんどいないと思います。
相手の心理を読むことができたら、これほど強いものはないし、嫌な上司や取引先相手でも、いっくらでも対策が取れる。

人間心理攻略において、人の心理を把握することは必須。
でも、そううまくいかないのが人生。
相手がどんなことを考えているのか、感じているのか、わからないもんです。

本に「顔に手を持っていく人は自信がない」とか「手足などの末端にその人の本性が出る」と書かれてあります。
また「気に入られたい相手と同じ行動をすると、相手から気に入られやすい」というのもある。
例えば、「相手がコーヒーカップを口に持っていったら、それをマネするのがよい、ただしわざとらしくならず」と書いてる。

こんなこと知ったからといって、それが何かにつながったことありますか?
私は本をよく読みましたが、役だったことはなかったです。
逆に枝葉のことばかりに知恵がいってしまい、肝心の「相手の説得」「感情の揺さぶり」が余計おろそかになっただけ。

頭でっかちの典型的な悪い例だ。
小細工をやると、もっと悪いことが起きてしまうことを知ってますか?

相手の心理を読むといっても、相手からこちらの心理が読まれていたら何にもならない。
そう! 小細工をする人ほど、相手から簡単に読まれてしまっている!
具体的に何を考えているかまではさすがにわからないだろうけど、「うろたえている、知恵をつかっている、何とかしようとしている、何か考えている」と簡単に悟られてしまっている。

頭の中で試行錯誤しているってことは、自分が定まっていないことの証。
そんな人間が相手を説得できるはずがない!
芯がない人物に自分を任せる奇特なお方なんて存在しない!

仕事でも男女の仲でもそう。
本を読むことは必要にしても、小細工を労する頭になってしまうと、相手に逆に読まれてしまい、低い評価しか与えられない。

相手の心理を読むための努力が、相手から心理を読まれる結果になるなんて恐ろしいですよね。
知らず知らずみんながはまっている罠です。
かくいう私も特にそうでした。
小細工をこねくり回す小人よりも、普段から目的、芯をしっかり持つ人間、つまり信念の人になることの方が人間心理を攻略できるってこと。
信念のある人間は一種のオーラを身にまとえるし、ぶれていないから相手は心理を読みようがない。
言い換えると、ぶれない人間という好印象を持っちゃう。
かつ、笑顔で信念を持っている人間なら余計高い評価が得られる。
あんまり気張りすぎると相手は引くかもしれないから。
でも、気持が入っていない人間より何百倍もいいけれど。

「こやつ、笑顔でいても、根はゆるがないぞ! なかなかやるな!」
ぶれない人間を、人は好むし、任せたいと思う。
仕事で一番信用できる人間は、ぶれない人間なのだから。

逆に相手が小細工を使ってきたら、相手が鼻くそに思えてならなくなるわけ。
交渉でも優位に立てるし、押しがきく。

この法則(?)を岩波先生から教わった時は、ぎゅっと胸を掴まれた気がした。
今までの自分を反省すると同時に、信念を磨くことに全力を傾けた。
小細工人間にはならない。ぶれない人間になろうと。

ぶれないってことは悩まない。
仕事も日常も気持が上向いたのも当然だと振り返って思います。

人間は理屈ではなく感情で動く生き物

これまでの何度か書いてきたかもしれないけれど、人間は感情の動物だ。
確かに他の動物に比べ、理性が極度に肥大化しているが、結局感情>理性・理屈であると言うことです。

同時に理屈で説得されて、心動かされることはいない。
もし、人を説得しなくちゃいけない側が、理屈で人が動くと思っていたら大間違い!ビジネス・営業・交渉の場において、どんなに正論な理屈をこねたとしても、人は決してそれでは動かない。
たまたま利害関係が一致したに過ぎない。

それを私は昔、隙がない理屈で人を説得しようとしていたんだっけ……
うまくいかなかったのは当たり前。
人の感情に火をつけなくちゃ駄目だ!
火をつけられる人間に己を変えていくことが肝要だった。
それはすごく単純なことだけど、これは後日・・・・

対人交渉はビジネスの場でも、男女関係でも同じです。
男女関係の立場からたてば、理屈がその中を冷えさせることはわかりそうなもの。
ビジネスでもそうなんだなー。
生身の人間と人間なんだから、そこは男女の仲と変わりない。

まずは感情を料理することから、営業や交渉ごとは始まるし、その心構えじゃないと何にも成果はあがらない。
関東や鳥取で結婚詐欺事件(及び女の関係した男たちの不審死)が世の中を騒がせている。どちらもオデブさんだ。
関東の婚活女の写真を見たことがあるが、とんでもない○○だった。
何で何人もの男が、結婚詐欺にかかってしまったかというと、心をやられてしまったから。
詐欺師は人間は理屈じゃなくて感情の生き物だとよくわかっている。
だから、法外なお金も支払ってしまうのだ。
心底では、おかしいぞと思っていても。

オレオレ詐欺もそうだ。
主に年配者から理性を恐怖とショックな出来事で奪っておいてから、普段では考えられないお金を振り込ませてしまう。
理屈じゃあり得ないことをやってのけさせる。

詐欺師の話をすると汚くなってしまったが、営業や交渉ごともそれを同じだということをいいたかった。
人間は感情で動く(本能絶対主義)から、相手の感情に火をつけたり、揺り動かすことが、成功の源だした。
理屈で人が動く、正論を立派に説明できれば必ず相手に届くと思っている人は、おそらく営業成績はパットしないだろうな。
人間の本質をわかっていないとだめだし、頭を感情を動かす方法を常に考えるように切り替えてから、私もかなり交渉ごとが得意分野になったと思う。

会話の格闘術もそこが肝になっていたし、その通りだと思う。
だから、口下手な人だって、吃音がある人だって、さしすせそが発音しづらい人だって、キレイに話せなくたって関係ない!
もし話し下手で悩んでいる人がいたら、そんなの関係ない。
人の心を動かすには、結局自分自身の心が躍動(火がついていたり、信念を持っていたりなど)していてはじめて、成立できた。
きれいにうまく話そうということ自体、些末なことで、自分の感情の躍動を消す結果になっている。

だから、小理屈をこねる人間は大成しないと言うことにもつながってくる。
まずは感情を動かせる人間になろう! 私もまだまだ修行中です。

拙速は巧遅に勝る

どんなにじっくり練り込んだ計画でも、やらなければ意味がない。
やったとしても、機を逸していたら意味がない。

それよりも思ったらすぐ行動に起こす!

拙速巧遅に勝るという言葉は、私にとって大きな、同時に常に暗示としてかけている言葉です。
完璧主義者ほど、結果を考え、上手くいくように、きれいに行くように計画を練る。
考えれば考えるほど、より完璧な結果になるとどうしても考えてしまう。

私がそういうタイプで、仕事の上でも、もうちょっと完璧にきれいに仕上げてから、と思ってしまう人間です。
でも、それがいけない。
だから、常に「拙速巧遅に勝る」と暗示をかけています。

もう経験で、巧遅拙速のケースよりもうまくいったことはないからです。
思ったらすぐ行動、行動しなくちゃ何にも始まらない。

プレゼンだって、営業交渉だって、完璧にしようと思えば思うほど、言葉に迫力がなくなります。
綿密に練りに練った計画がそのまま100%うまくいくわけがない。
だから、とっさの判断がもとめられるのに、なまじっか完璧に考えていたばっかりに、瞬発力がなくなり、相手からも「ダメだな、こいつ」と思われてしまったことが何度あったことかしれない。


人間の本性は、やはりギリギリのとっさの判断で一番わかる。
そのためには巧遅になれてしまっていると、その鋭敏さをなくしてしまう。


理性がいけないことの一つに、野生の本能をなくしてしまうことで、上手い一言なんかとっさに出てきてこそ光るのに、考え抜いた上手い一言こそが最高だと思ってしまう。

これは私の反省点だ。
それも上手くいって欲しいというスケベ心が引き起こしていることが、会話の格闘術をやっているときにわかった。
だから、スピード感を自分に求めるように心がけてきた。
そのための言葉が「拙速巧遅に勝る」なのである。

私のお師匠さんの岩波さんも、尊敬している社長さん達も、みな動きが速い。
拙速なのだ。かといって、結果拙いわけじゃない。
やってみて考える、というよりやりながら考えているのだ。
人から刺激をもらう時に、一番気をつけている点は、まさにそこです。

「今日は臆病になって、巧遅をとってしまった」と反省することもよくあります。
ずけずけとどんどん行っていいのだ!

思えば、巧遅したから、逆に脳が働かなくなるのではないだろうか?
だから会話に、交渉に鋭さがなくなる、そう思っています。

「覚悟」 悩んでノイローゼになることが強くなる道

悩むって苦しい、嫌なもの。だから、悩むことは悪だし絶対必要なことではない、じゃまくさいし、うざったい。

これって本当なのだろうか? 
悩みはどの段階でも、どの立場でも、お金があろうが無ろうが、誰だってあるものだと思う。

悩むことは苦しいけれど、乗り越えられたとき、必ず強くなれる。
間違いないことだと確信してます。

悩まないと生きている価値はないとまで思っています。

問題は押しつぶされたり、限界ぎりぎりまで追いつめられてしまうと、悩み=絶対悪になってしまいます。
この悩みへの対処法を間違うと、生きるか死ぬかぐらい深刻な問題を引き起こします。

逆に言うと、この悩み対処法さえ体で覚えておけば、悩みは逆に反発するバネにできると思います。
エネルギーや迫力は悩みを抱えたときの反発力に比例すると思います。
会話でも言葉にパワーがのるのも、付け焼き刃ではなく、そういう生き方でしょう。
そう会話の格闘術で習いました。

私はある時期まで悩みを抱え込み、自分の中で熟成させ(腐敗といったほうがいいかな)、ノイローゼに近い状態まで追いつめられた。
追いつめていたのは何を隠そう私自身に他ならなかったのですが、すべて悩みへの対応を間違っていたからです。
甘ちゃんだった。

根本的に悩みへの対応がしっかりできると(そのためには自己改造する決意が必要でした)、千という悩みの量が、自分の中で百ぐらいになっていました。
昔は百の悩みを排除しようとしたり、抑圧しようとしたり、逃げようとしていたことで千に自分で増やしていたと思います。認知のゆがみというやつです。
この百という量、しっかりとあるんだが、乗り越えられる。
しかも自分の能力、精神力をフル回転させてくれるから、その後の成長につながる。
悩みごとは、強くなるための通過儀礼みたいなもんです。

仕事のことや会社の業績、将来の展望、取引先とのすれ違いなど、悩みそのものは尽きないです。
でも、そんなものはどこにでも生きていく上で転がっている物であって、路傍の石にすぎない。
仕事すりゃ困難に直面するのは当たり前。
つまり、悩み事なんかあって当たり前、それがあるから生きていける。強くなるために存在してくれている。
悩み事が無ければ逆に気持ち悪いと思い直しています。
不思議と悩み事へのエネルギーが湧いてきて、結果、悩みではなくなっています。


昔は「悪いことが二度あることは三度ある」状況になったら、何で俺だけ・・・・・と気が滅入っていたんだなぁ。
・・・・と遠い目をしてみる。
人間関係や仕事のことでノイローゼ状態になっていました。それが進むと鬱病になるかもしれない。

人間、うまくいかないときはうまくいかないし、悪いことが起これば更に悪いことに打ちのめされたりします。
世の中を恨み、人間を恨み、そして社会的犯罪を起こす輩はたくさんいます。
他人の幸せ、笑顔が許せなくなる、そして無差別に人を殺す。
その攻撃性が内部に向けば自殺衝動へとつながるのでしょう。

悩み事への耐性が強い人だって、悩み事がない訳じゃない、絶対に。
普通の人以上に悪いことばっかり降りかかっているかもしれない。
でもそんな内部の葛藤なんか外部から見てもわからない。
だから悩みとは無縁の人だと思われているかもしれない。

でも、悩みごとへの覚悟ができているからこそ、打ちのめされないと思います。

覚悟を持つことは、マイナスな出来事への強さと柔軟性、そしてアイデアを生み出します。
落ちるところまで落ちた人間が、しばしば成功ロードを歩んできた人間よりも強いのは、捨てるものがない=さらなる悪い事への覚悟がある状態になっているからに違いない。

覚悟は非常に精神主義的な言葉ですが、ある人間と無い人間には絶対超えられない一線が引かれます。
私の周りの強い人間、経営者などを見ていると間違いなく言えます。

覚悟を持った人間ほど強い。これは私が常日頃言い聞かせている言葉です。
社員にも言い聞かせたいですが、頭でわかっても無理なことです。
だから、敢えて言っていません。言うつもりもない。
やっぱり覚悟を持った人間の生き様を見せてこそ、一番伝わるのではないか。
人に言っている暇があったら、自分に暗示をかけなければとおもっています。

今日のブログもすべて自分に言い聞かせているために、再確認の意味で書かせてもらいました。


ミーティングとプレゼンテーションの苦悩と得意になる方法

まだリーマン時代に私が苦労したことと言えばミーティングプレゼンテーションです。

当時どうにも苦手で、できるだけ避けていました。
逃げられない状況になったら、きわめて事務的に淡々とこなすようにしました。

なぜか?

緊張している自分、うまく話そう、伝えようと努力する自分を気づかれたくなかったからに他なりません。
会社組織には、意志の疎通をはかるためにも、ビジネスを展開させる上でも、会議や意見発表の場であるプレゼンは必要不可欠です。

最初は会議にお呼びがかからなくても、立場や役職があがるたびに、避けられない事態となってきます。
しかも、ミーティングやプレゼンの場こそ、上の連中から見ると、その人の実力を見極める絶好の場だと感じているそうで……

それはまあそうだろうね。
普段接触がない人間を知る機会はその時にしかないのだから。
ミーティングやプレゼンがうまくいく人ほど、覚えもめでたいんだろう。
しかし、苦手なものにとっちゃ、だからこそ嫌な場所なんだけど。

私も苦手だった。心労が絶えませんでした。よく胃痛と下痢になっていました。
立場変わって、プレゼンされる側から見るようになって、やっぱり上手い人間は評価も高くならざるを得えないといったところ。

でも苦手な人でも、過去の私を思い出して、それで評価を決めてしまうことはしないつもりです。

そんな私でもミーティングでは積極的に発言しなくてはいけず、また「流れ」を作らなくちゃいけない。
ミーティングがただの事務的会合で終わることは、会社の損失に終わってしまう。
だから、上手く誘導しなくてはいけないし、いい意見をいっぱい出してもらうためにも、私の役割は重要。
だから、日々研鑽しています。
だいぶ上達できたかなと自負している今日この頃。でもまだまだ足りないと感じてます。

プレゼンにしても、社長は毎日がプレゼンだ。
上が伝えなければ、下はなんにもわからないし、動きようがないのだから。

いつの間にか苦手なプレゼンやミーティングもコンプレックスなく、時には気分良くできるようになりました。

コツは「慣れ」といったら元も子もないから、「信念」「伝えたいことを本当に伝える」ことに尽きると思う。
会話の格闘術で習ったことで、自己暗示力を高めて、

「俺が伝えてやる、俺が伝えなくちゃ誰が伝えるんだ」

という信念を持つようにしたことがきっかけ。
ひどく抽象的だけど、だからこそ、あらゆるミーティングやプレゼンで適用されうるものです。



この「俺が伝えてやる」という傲岸不遜な考えこそ、苦手とか嫌だといった負の感情をなくし、伝えたい内容に感情が乗る。 だから、相手の心に伝わる。 そこで恥ずかしがってはいけない。 「でも、だけど~」という考えは捨てる。 体裁を整えて、穏便に済ませて事務的にやろうとすることこそ、相手に失礼だ。


そのためには自己暗示は不可欠
私も何かあるごとに暗示を自分にかけてます。

会話の格闘術で一番習った良かったと感じたことが、この「俺が伝えてやる」という考えと信念、そして自己暗示力です。



もしプレゼンやミーティングが苦手な人がいたら、自分に伝えたいことを「俺が伝える」という姿勢と信念で望んでみたら?
決してうまく伝える必要はない。あがろうとも緊張しようとも「伝えてやる」ことだけ。

それさえあれば、他はなんにもいらないし、絶対聞き手の心に伝わるはず。
私も今、また会社員になり、プレゼンをする機会があったら、他の人よりいいプレゼンができるだろうな。

同時に極度のプレゼン、ミーティング恐怖症なら、

なぜ苦手か?
失敗した経験がどう次につながっていったか?
緊張に対しての自分の取り組み方、考え方

を分析した方がいい。

まずは頭で理解すること。理由があるから苦手なんだ。そこに大義名分があるから必要以上に落ち込む必要はありません。

そして師範に言わせれば、無意識の恐怖感を外すことも必要だそうで、それができたら「伝えてやる」信念を持てば、必ずうまくいきます。

もしこういう話し方をしたらどうか? どうやったらばれずに済むか? 失敗せず何とか終わらせる方法はないだろうか? なんて細かいことを考えていたら、ますます苦手になる悪循環になります。

それで古今東西上手くいったためしはありません。
根本的にもっと深いところから変えていくしかないと思うのです。

 


人間の孤独 トップに立つ者の孤独感

今日は「孤独」という誰もが避けて通ることができない感情についてのブログです。
なぜ急に書こうかと思い立ったかというと、私自身の立場・役職と知り合いのやり手の社長二人の裏側の心理に気づいた出来事があったから。



組織の頂点に立つ者は孤独です。
誰も自分に共鳴できない、わかってくれない、わかろうはずがないという孤独です。
最終的に自分で決断を下さなくてはいけない。


組織の中にいる間は傷のなめあい、愚痴の言い合いができる仲間がいるもの。
上司の悪口を言ったり、後輩の頼りなさを嘆いたり……
しかし、トップに立つ人間は誰もいない。
頼れるのは己のみ。
常に迅速な決断と適確な判断を求められる。
責任をとってくれる人間もいない。
同じ土俵で話ができる者もいない。



孤独は非常に厄介なものだ。私も幼い時から孤独に苛まれて生きてきた。
そして社長をやるようになってから、別の孤独というものに直面した。
人は下手をすると、薬に頼って孤独を紛らわせようとする。
安定剤を飲んだり、ハイになる薬を飲んだり、芸能人に見られるように覚醒剤、大麻、MDMAに安易に手を出す。
もろくて弱い人間であるとわかった押尾学も結局は孤独を埋めようと女に走ったり、麻薬に手を出してきたのだろう。まわりにいくら人が群がっていても、共感できた存在はいただろうか?


私も孤独を感じる時がありますが、以前より孤独にも強くなったと自負しています。
孤独なのは当たり前。それを自ら選んだのだという思いを持っています。
当たり前のことなのだから、騒ぐことはないという思考です。


孤独はカルト宗教に走らせてしまったり、女性の場合安易に男を作って紛らわせようとしたり、
ホストクラブ(男の場合はキャバクラ、クラブか?)に通ったり。お布施やクラブ代で湯水のようにお金を消費しても結局孤独は埋められるものじゃない。


私は岩波英知さんの強烈な力強い陽性な生き様を見て、孤独というものに対する見方を変えました。
人は孤独であらねばらないという思いもしています。
孤独が当たり前だから、がたがた騒ぐことではないのだと言われた時、考え方を切り換えようと思いいました。
はっきり言います。
孤独はお金では決して解決できない。


孤独について改めて考えさせられた出来事がありました。
知り合いの女性社長がホストクラブにはまっていると知ったからです。
普段は強そうな孤独とは無縁の生き方なのに、実に人間のもろさを感じました。
彼女は実際に強い人間でしょう。しっかりとした信念を持っています。
不可能を可能にできるエネルギーとキレを持ってます。
でも「孤独」ということに対してだけは、もろさを感じます。
お金を持っていても決して埋めることはできていません。
だからまたホストクラブに通ってしまう。
でも埋められないからますます通う。
これが中毒というものでしょうね。
ホストにとってはいいお得意様です。
彼女はもしかしたら自分が孤独だとはっきり認識しているのではないかもしれない。
なにか心の奥底にある衝動がそういう行動に駆り立てているのかも。
彼女は自分の弱さを人に見せることができないタイプです。
だから認識していないと思っています。


男でもそうです。
やはり知り合いの男の社長は、占いに凝っています。
最終的な決断、判断をしなくてはいけないプレッシャーを占いに頼ることで、すこしでも和らげようとしています。
私は占いを全く信じない性質なので、普段は合理的な彼の行動が不思議でなりませんでした。
なぜだろうと思いを巡らす内に、また「孤独」というキーワードに行き着きました。


なるほど、いくらトップに立ってバリバリ動いていても、その裏の孤独は隠しようがないのだと。
特に一人でいる時に孤独感に襲われる。
目的に向かって走っている時は感じないことでも、ふとした心の緩み(夜中目が覚めた時など)に強烈な孤独感に襲われたことが何度もあります。
似たような瞬間が彼らにあったのではないのかな?


なぜ彼らがあそこまでエネルギッシュに猛烈に働いているのかというと、孤独感に苛まれたくない反動があるのかもしれない。
孤独は愛情不足とイコールでもあります。
私もあんまり親から愛情を豊富に与えられて育ったわけではないのでよくわかります。
二人と話をしても、あまり父親が理解があるタイプではなく、強権的だったようです。
愛は無償のものだけど、だからこそ無償で愛を与える存在はあまりいません。
ましてはお金が絡むと、結局愛を与えてくれたようで、お金を取られるだけということに終わりかねない。ホストやキャバクラ嬢なんかいい例でしょう。
それで一層言い知れぬ孤独に襲われる。悪循環です。


私の師匠岩波英知さんと孤独について話し合ったことがありました。
岩波さんがさらっと言いのけた「孤独なのは誰でも当たり前だから、騒ぐことじゃない」の言葉にハッとさせられた。
孤独が当たり前、受けいれてしまえば、孤独は価値を失う。俺はそうやって生きているのだと。
その人の中で孤独への恐怖感が強い場合、その人の中で勝手に価値を大きくしてしまっているだけなのだと。
なぜ強くさせてしまうのかというと、その人のおかれた立場もあるだろうし、生い立ちも大きく関係している。
でも、不必要に孤独感への価値を大きくする必要はない。
あって当たり前なのだから。


二人の知り合いの社長のもろさ、孤独感に気づいた時、私は人間への恐怖感がさらに減ったと思う。
特にやり手であり、バリバリの猛烈さを誇る二人の社長であっても、ちょっと心理の裏をのぞけば、誰よりも孤独を恐れている。それを必死で埋めようとしているのだ。
人間は結局同じだ!
その一方で、反動をうまく社会的な成功に直結させている。
誰も追随できない成果を上げている。だからこそ同じ土俵の人間が周りにいなくなる。
だからトップに立つ人間の孤独を味わう。
そして猛烈に頑張る。
彼らが孤独への対応がより建設的方向に進むならば、彼らにはもう敵はいなくなるのかもしれない。
私も負けてはいられない!



もう一つ「孤独」を考えさせられた出来事がここ二週間にありました。

押尾学の事件や酒井法子の事件です。他に大原麗子さんや山城新伍氏の死です。


芸能界でもトップを走っていても酒井法子のように誘惑に負けてしまう。
その裏に絶対孤独があるに違いない。
でも、彼女には子供がいるのに。そこだけは解せない。
華やかな立場の人ほど孤独だから、うらやましがる必要はない。
孤独というキーワードを通してみると、人間はどんな立場でも同じ。
そう痛感したとても濃い二週間でした。

シウン

職場の人間関係 組織の中で生きる人、生きない人

私はいま会社を経営しているんですが、それは野望と逃避のいりまじった動機でした。
野望は、人生何のために生まれてきたのか考えた時に、組織の中で埋もれたままでいたくはない!
という立派な要素
一方、
逃避は、このまま組織の中でまるで自分の能力や良さを発揮できないから、逃げて独立するという要素。

事実、ある会社勤めの時に、自分が考えている能力的なものを、組織内で人間関係含め、まったく発揮できていない悔しさ、劣等感がありました。

もとからそういう組織の中でいることに非常に苦痛を感じるタイプで、なぜみんな組織の中でずっと暮らしていけるのか不思議でならなかったものです。
最近、うつ病など心の病の増加で休職、退職、自殺と増えてるけれど、そういう人は
もともと組織の中にいちゃいけない人間だということ。

私も無理にあの中にいたらストレスで心を一層病んでしまったと思う。
ノイローゼ状態になっていたし、あそこで独立の決心をしたことは非常に大きな出来事だったでしょう。

組織の中で生きる人は別に言うことはないけれど、生きない人、潰れてしまう人は、
別の道で生活できるものをみつける努力をした方がいいと思います。

みんながみんな独立して成功できるわけじゃないけれど、
自分の心身の健康をよく考えれば、現状を打破しなくてはいけないと思います。
自営業でもいいし、何か道が必ずあるはず。
自分の現状と運命に立ち向かえば、答えは必ず出るものだ!

私は幸い、そういう組織のしがらみから抜け出すことができ、自由な立場にいます。
その分責任の重みは比べものにならないほどですが。

そしてトップに立つ人間は孤独です。
同じ境遇の人が一人しかいないのだからこそ、トップなんだし、受け入れていますが。

別に組織の中で生きられないということは弱点じゃない。
それは個性なのだから、悲観することは絶対ないです。



話し方の劣等感解消 さらに自信になった出来事 真の武器とは?

最近になって、特にビジネスパーソンの「会話」「話し方」「営業力」「コミュニケーション能力」「職場の人間関係」を向上させたい人が、大勢いることに気づきました。
最初は、ここまで話し方での悩みを抱えているのは自分だけじゃないだろうかと感じてきたんだけれど、意外に多いこと、多いこと!

悩みを抱えていたり、もっと向上させたい人間は人の数だけいるってことでしょうね。
昔の知人、友人と会う機会がありましたが、
饒舌になっている自分、または昔から変化した自分を指摘されました。
力強くなっているともいわれました。
別に自分では饒舌になっているとは思わなかったけれど、自信を持った部分が相手に饒舌と感じさせたのかも。
会社勤めや独立後の苦労話に花を咲かせたけれど、みんなもっと交渉力を上げたい、女性のうまい口説き方を身につけたいと盛んに言っていました。
話し方で悩みを持っていなかった奴もそう言っているのを聞いて、なんだか嬉しくなってしまいました。
昔はそいつが羨ましかったものなんだけど(笑)

ある部分では、奴を凌駕したなと思いました。これがまた自信につながった次第です。
根っから陽気な奴だから、奴は奴で人生を楽しんでこれからもいきそうだけど。

みんな欲しているこの会話力だけど、資格をとるとか、いい大学、会社に入ることでは決して得られない要素だからだろう。そのまま人間力に直結してしまう恐ろしい能力でもある。
昔の中でも一流大学、一流会社へとエリートコースを歩んでいる奴でも、うだつのあがらない人生を歩んでいる。学歴とか資格とかじゃない、自分自身を高められるかどうかなんだ。
特に社会人になったら、それオンリーだと思った方がいいと思います。

交渉相手も、取引先も、履歴書を見ながら話し合うわけじゃない。
その人の目、顔、物腰を見て、感じ取りながら、交渉する。
交渉じゃなくても、雑談でも、そこでお互いにその人を感じ取っています。
履歴書の立派さを追い求める人ほど、そこらへんの大事な要素を忘れている気がします。

取引先で一見自信を持っていそうな人間も、それはあくまでその人が歩んできた履歴の立派さで
偉そうにしているだけで、化けの皮がはがれると、ただの人間力がない男だったということも良くありました。
どうやったら化けの皮がはがせるかというと、その人が思いもよらない問いかけをすることです。
マニュアル的な対応しかできないため、その枠内では偉そうでも、そこを外すアクションをこちらが起こすだけで、しどろもどろになったり、急にキレとパワーがなくなったりして、こちらはほくそほほえんでしまいます。

ということは、こちらも相手からそういう問いかけをされたときこそが、力の発揮しどころなんだということです。それが全くできなかったのが、昔の自分であり、部下でした。

くれぐれもマニュアル人間にはならないようにしよう!
これほどつまらない鼻につく人間はいないのだから。

コミュニケーション、営業能力向上とオーラ 会話の格闘術について

前のブログで、最初の瞬間で人と人とは勝負が決まると書きました。
大げさなことではなく、その第一印象を覆すことは大変な労力を必要とします。
「こいつダメだな」とあなたが思ったら、その印象はずっとその人について回りますよね?
「こやつ、できる!」と思ったら、その人の言葉も重みを持ちます。

最初の瞬間で、人は何を読み取るのでしょうか?
オーラです。
オーラは印象と言い換えられます。

では、人に好印象を持たれるオーラはどうやったら獲得できるのでしょうか。
前にも書いたように日々の生活の中での「生き様」。
リスクをとって生きることができる人間こそ、人から頼もしく、好ましく思われます。
リスクばっかり避けて逃げている人間は、いつも小細工を労すため、低く見られる。
岩波先生がよく言っていた「知恵という小細工」のことです。
危険なことに対して自ら切り込める人間になれば、オーラも非常にいいものがまとえます。
だから、コミュニケーション能力も簡単に上がってしまうわけです。
その人の「こんにちは」「おはようございます」「ありがとう」「おつかれ」という言葉にも、
すべて言霊じゃないけれど、何らかの力が備わってきます。

「お前に言われかねーよ」と今まで誰かに対して思ったことないですか?
それは同じ言葉でも、その人が言ったから説得力を持たなくなったというのが原因。
でも、生き様を持ち、覚悟とリスクを選択できる人の言葉なら、ものすごく説得力が増します。

こんなことは本には書いていません。いわゆる話し方教室では絶対獲得できない要素であり、
超重要な単純であり奥深い技術です。
技術を超えた技術といった方がいいかもしれません。

会話の格闘術(岩波師範の会話術)を教えてもらったことで、私もリスクを常に回避しようとしていた自分が情けなくなりました。独立したことはリスクを選択した自分でしたが、その後、楽して会社経営をしようとした部分がありました。だからこそ、営業に自らしにいっても、説得力と魂と情熱が抜けた型どおりの営業になってしまったのでしょう。

会話の技術は確かに必要だけど、もっと根本から自分の生き様を見直すことは必要。
そういう人にこそ、すばらしいオーラがまとえる。

会話の格闘術は、生き様術であり、一生の武器になるものでした。
ものすごく単純なんだけど、多くの人が獲得できない原因は、リスクをとれるか、とれないかの違いだけです。その差はものすごく大きい。自分を追い込んだ方がパワーが出る。

幸いなことに経営者という立場におかれていたため、リスクと覚悟を持たなくてはいけない状況になっていた特殊な事情が私にはあります。だから覚悟力というものがつきやすかったです。

楽して会話術を向上しようと言う甘い考えこそが、私の営業、交渉力向上を阻害していた原因でした。
オーラは考えては身に付かない。覚悟とリスクをとれる人こそ身にまとえるんだいうことです。

さて、岩波師範はその意味では常にリスクを選択してきた人生だったと思います。
だから非常に説得力があるわけで、そこが他の話し方教室の講師とは180度違う点でしょう。

人の心を揺さぶるには自分の心に火がついていなければダメ!。
それが会話の格闘術の肝だと思いました。

第一印象の重要性 勝負は一瞬にして決まる! 会話の格闘術講座

人と人との出会いは、第一印象でほとんどが決まります。
その人の内面はじっくりつきあわなくてはわからないと人は言う。
しかし、実は第一印象の最初の瞬間に勝負は決まっているのです。

社長業をやっていると、さまざまなタイプの人とあいます。
かつては苦手だった交渉ごとも最近は特に得意になってきました。
経験が生きてきています。

人間は実は「感じる生き物」。
この人は「できる」「できない」「とろい」「弱い」「手強い」「狂ってる」なんてことを
知らず知らずに感じて生きているものだ。
その印象が芳しくない対象には重きを置きません。
そう、仕事も交渉ごともすべて、最初の瞬間で読み取られているのです。
なんて怖いことなんだ!
でも、残念ながら、交渉がうまくいく、行かないのも、その人のオーラによるところが大きいのです。

オーラとはすなわち岩波先生が言うには、「生き様」です。
日々だらけている奴は、どんなに気持ちを切り換えようとしても、だらけたオーラを読み取られてしまいます。
リスクをものともしないで頑張っている人間は、それだけのオーラを放っている。
そこに「できる」「できない」と評価されてしまう原因があります。

今日はここまで。
どうしたらオーラを向上させることが出来るのかは次回です。

この大不況にあたって経営者はどう対処すればいいか

大不況のまっただ中です。
しかし、この不況をチャンスととらえることができた人だけが、次の世の中の勝者になる。
この信念を持って、現在も仕事に励んでいます。

ただでさえ、お金を出さなくなる心理状態にみなが陥っている中で、
勝者になるためには尋常じゃない発想と努力が必要になります。

そう、尋常じゃないアクションを起こさなくてはいけない!

普通の発想じゃもう生き残れない。そのままポシャっていくだけです。

この先の不安、自分自身への不安、社員のこと、家族のこと、責任感と重圧、それに押しつぶされている人は、今も増えているに違いありません。

不況という危機こそ、その人の持っている潜在能力が試される時です。

「ダメだ、ダメだ……」と思っていたって、何も始まらない。
「どうしよう、どうしよう」と焦ったって、何にも答えなんかでない。

「俺が何とかしてやる!」といみ覚悟と決意だけが、今の状況を突破できると私は信じているし、今こそ自分の能力を発揮すべき時だと思っています。

そのためには常に自分と向き合わなくてはいけない。
自分を鍛え上げなければいけない。
尋常じゃない自分に創りあげるのだ!

人生の師匠・岩波先生に聞いたことで印象的なことがある。
悩んでいたって、「不可能を可能にする」というハートさえあればすべて解決する。
そのハートだけがすべてを可能にするものだという。
そこに理屈も理論も関係ない。
「できるかな? どうかな?」ではなく、やるしかないのだ。

岩波先生に出会えて本当によかったと思うことは、コミュニケーション能力に関してだけでなく、こういう成功者になるための「秘訣」を教わったことだ。
自分をしっかり確立できている人しか教えることができないことなだけに、出会いの僥倖に感謝しています。
ほんとうにハートの部分に植え付けてもらったし、単純なことだけに奥が深い部分だ。

成功者といわれる人は、誰もがその熱を溶かすほどの情熱と覚悟を持っている。
私もこのブログを書いていて、自分を奮い立たせている。
今こそチャンスだと思っている。


高い意識を持って、あえて不可能だと思われることにぶち当たって、しかも結果を出す。
それは非常に単純だ。
単純だからこそ、ハートに火がつく。
理論や理屈で武装しても、決して火はつかない。
逆に不可能なことをより不可能に思わせてしまうだけだ。

ものごとの本質は単純明快でなければいけない。
だからこそ、やれるのだ!
不安とか危険とかいっていられない。
なぜならば、結果を出すからだ。それらがあろうとなかろうと。

経営者でトップである私がやらなければ誰がやる!
やるからには成し遂げてやるという気持ちが沸き立ってきた。
更に定着させるために、久々にブログを更新してみました。

お読みいただいた人の心にも届くといいですが・・・・

こういう難局で生き残ることができる人間、それが今私の最大の目標です。
でも夢で終わらせません。やるのですから!

職場の人間関係で振り回されないために 成功と失敗の分かれ道

いろいろと仕事上の人間づきあいをすると、見えてくるものがあります。
人間って、結局は自分のことしか考えていない! 自分勝手!

「人間とは所詮自分勝手な存在、こんなものさ」とクールに決めるのもいいけれど、
昔の私は、そういう自分勝手な職場の上司や同僚に振り回されていた。
どうやって、他人を自分に振り向かせるか、興味を持たせられるか、
よく思われるかなんて始終考えていたものだ。

考えるのは、職場の人間関係で行き詰まっていたからだろう。
人間関係が良好な人は考えていないのだから。
そこが罠なのである。

そうなると他人に迎合することばかり考えてしまって、自分を見失っていく。
ただでさえコミュニケーション能力がないのに、そんなことをやっていたら、ストレスがたまってしまう。
会社勤めに疲れてしまったのも、それがほとんどだったと思う。
職場の人間関係って本当に疲れてしまうものだ。

自分の意見で動いている人間に振り回される、周りに気を使う自分
これでは生きづらいだろう。

私は会社勤めを辞することで、ひとまず周囲と合わせるストレスから解放された。
だけど、今度は経営者となり、営業や取引、交渉ごとで、もっと自分勝手な行動をする(取引だから当たり前)
取引先は利益を追求する営利団体であるため、一層自分勝手な存在で、相手に振り回されてしまった。

他人の動向に振り回されていたら、どうしてコミュニケーション能力、具体的に言うと話し方、会話術が欲しくなる。
話し方がうまくなれば、すべてが好転するという淡い希望を持っている人は、気をつけた方がいいと思います。
私も同じ考えに陥って、話し方教室に通ったけれど、得られるものは少なかった。

岩波先生の会話の格闘術を受けて、最初に考えを改めさせられたのは、うまく話そうとする発想だった。
うまく話せたって、結局人間は自分の都合でしか動かない。
だから何にもならないのだ!

話し方教室の弱点はそこにあると思う。
そりゃあ、きれいに話せた方が相手は聞き取りやすいだろう。
論理的に話せば、話も理解されやすい。

しかし、人間の集中力なんて10分持てばいい方だと言われている。
心に響かない話し方をダラダラ続けてしまうならば、非論理的だけど、どこか迫力があったり、心にひっかかる要素があった方が絶対によい! 
それがその人の本当の会話力だ。

厄介な人間なら、そういうものだと割り切って、逆に楽しむつもりで相対するのがよい。
積極的な気持ちになれるし、相手の醜さに直面しても(自分にも醜い部分はあるのだから)、それが何なの? という気持ちになれる。
相手に振り回されないし、自分のペースで商談が進められる。
成立直前でキャンセルされたとしてもショックはない。

なぜいけなかったのか冷静に分析できる。
それが次に進んでいく。
だから失敗の経験値を含めて、すべて飲み込んでしまうことだ。
失敗も成功の糧にしかならないし、そうであらねばならない!
失敗して悩む時間がもったいない

私もたくさん失敗したり、うまくいかないことを積み重ねて、どんどん成長を実感できるまでになったと思う。
強さとは、弱気になりそうな時に一番身につくのだと思う。
この発想で、成功と失敗の道が完全に分け隔てられていくのだろう。
心から気付かさせてくれて本当に良かった。

そもそも失敗はないのだ。成功するまで失敗を積み重ねればいいだけの話だ。
(昨日たまたまテレビで見た名言からインスパイアされた)


岩波先生のすごいところ 会話の格闘術を受けての感想

会話の格闘術」別名「武器としてのコミュニケーション術」の講師岩波先生について書いておきたい。

岩波先生はずっと心理セラピーをやってきて、ほとんど口コミだけで多くのクライアントが殺到している。
無意識に潜む問題に訴えかけられる非常に高い技術を持っていて、心の悩み解決のエキスパートとして評判が高いけれど、人間の心理に関してのノウハウ、知識、技術面においても、まことに卓越している。
そんな存在は本当に希有だ。

岩波先生を前にすると、他の社長も大企業の重役もみんな雑魚(といったら口が悪いが)に思える。
しかし、雑魚と考えなくていいけれど、ずいぶんでかく見えていた存在が、実は自分と同じ目線か下だと思えることは大事だと思いませんか?
経営者同士での営業でも、有利にすすめることがそれでできるようになった。
相手に呑み込まれていた状態では、どんな有利な条件でも営業は成立しないと思う。



こう言っては何だけど、心理学の研究者や精神科医って「つまらない」人間が多いと感じませんか?
ただ専門の知識があるってだけで、知識を教えることは上手かもしれないけれど、「生きる」ことを教えるには力不足というか、種類が違う。
人間的魅力、オーラといった人間力の部分で、岩波さんはずば抜けている

心理学の権威でも、なかなか「俺はこれでいい、これでいくんだ!」という信念を持っている人はいないだろう。
「これがいいかな、あれがいいかな?」「あれでよかったか? 別がよかったか?」と常に心が揺れているものだと思う。
研究や専門の知識を持っていても、常に悩み不安と闘っている。
それが普通の人間につきものだから、いくら心理学だの精神医学の専門家でも、それは免れない。
人間らしいといえば人間らしいし、それはそれでありなのだけどね。

でも、岩波先生はしっかりと自己を確立している。
みんなが右を向いていても、自分が正しいと思えば左を向き続けることができる人だ。
それを通しきることができる。

社長業にこれは必要な要素で、これについても学んでいきたいと思うけれど、
実は岩波さんも人間的魅力を持っている。
ただし人間的もろさを持っている心の専門家とは違う種類の魅力だが。

どちらが陽性の魅力かと言えば、岩波先生のほうだろう。
どちらが人にいい影響を与え、刺激になり、自分を引き上げさせてくれるかというとやっぱり岩波さんだ。
「こうして生きた方がいいよ」という凡百のアドバイスよりも、「俺はこうして生きて、快適に生きている」という岩波さんの言葉なき言葉の方が、説得力があったのは言うまでもない。
知識よりも結果の方がはるかに強い

そんなこんなで、岩波先生の人間的魅力にひかれて、「会話の格闘術」を受けた。
岩波先生が教えてくれることは、実戦で経験済みで成功を収めてきたことばかりだから、こちらへの訴求力が圧倒的に違う。
ほんとうにタメになった。

散々言われているが技術も発想も天才的だ。
人間の心理について、鋭い才能と感覚を持っているから、会話術もべらぼうにうまいんだろう。
会話、コミュニケーションというのは、結局のところ「人間心理」にいかに訴えかけるかで決まるのだ。

聞き上手がいいとか当たり前のことを教えない。
もっと根本的な心理の攻略から教えてくれる
相手の感覚を揺り動かす方法と心構えを教えてくれる
まさに「会話の格闘術」だ。
無手勝流で相手に勝つ!
相手に負けたと思わせないで勝つという離れ業が可能になる。

これはすごいことだ。
営業や交渉ごとでも、相手を論破してもお金にはならない
逆に永久にその顧客を失ってしまう。
だけど、岩波先生の「会話の格闘術」だったら、相手の面目以上のものをたてさせて、こちらも商売がうまくいくことが可能なのだから。

たくさん本屋で話し方の本が出ているけれど、そんなの読んでいる時間があったら、会話の格闘術を受けるべきだと思う。
知っている、知っていないとは大違いだ。
相手は武器を持っていない(つまり素手)が、こちらは「会話の格闘術」という武器を持っている。
またはプロボクサーと素人の喧嘩の力量差がある。

岩波さんに会えてよかった思える瞬間に、私はいま仕事をしていてそう感じている。





Appendix

シウンのプロフィール

Author:shiun(シウン)
30代IT企業社長のブログ。人間関係に悩み、独立したもののコミュニケーション能力、営業力、交渉力のなさを痛感。倒産寸前、一念発起でそれら向上に励む。人間心理訴求の達人であるカリスマ講師とその会話の格闘術プログラムとの出会いで、劇的にコミュニケーション能力向上。ひいては交渉術が上達。

この大不況の影響をひしひしと感じながらも、逆境に立ち向かっています。社長業をやっていると、たくさんの傑物、怪物、愚物に出会います。その差はどこから来るのか? 結局高い目標とそれを達成する力、リスクを好む生き様によって、変わってきます。さらに脳を覚醒させるために日々奮闘しています!

会話術は話し方の技術ではなく、自分自身の生き様の発露である
(シウン)
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